私の父が下腿義足者であり、尚かつ義肢製作者であったことが整形外科の道へと進むきっかけであり、40年近くの兵庫県下の身体障害者巡回相談への参加から、障害のある人びとから多くのことを学んできました。「障害のある人が私の師、地域が私の教科書」。これが私の座右の銘です。どんなに体が不自由であっても、住み慣れた地域の中で、尊厳をもって住み続けることができる世の中や心の豊かな生活を送れる環境をつくりたい。障害をもっていても、当たり前の一人の人間として生きていける社会をつくりたい。この「地域リハビリテーシヨン」をライフワークとして、その拠点として兵庫県立総合リハビリテーシヨンセンターの建設の関わり、現在も運営に関わってきています。
私は、常に障害のある人びとの立場に立って、医師・理学療法士・作業療法士・リハ工学士・そして義肢装具士などがチームを組み、地域に密着したリハビリテーションを行っていくことが大切と思います。そのなかでも、義肢装具士が、少しでも障害のある方々に満足していただける質の高い義肢装具を提供できるよう、海外からの情報を提供し研究を重ねながら、患者様一人ひとりと真摯に向き合う日々を積み重ねていくことが大切と考えています。
澤村義肢製作所を設立したのは父でしたが、2代目を弟の博志が引継ぎました。兄弟で同じ福祉に携わる仕事をし、時には激しく意見を戦わせながらも、患者様とともに本日まで歩んでまいりました。現小西社長をはじめスタッフも、この代々受け継がれている福祉に対する精神を損なうことなく、日々進化する義肢装具の世界を広げながら、現状に甘んじることなく、常に精進しております。
我々は障害をもつ人の世界のできるだけ近いところにいたい。常にともに歩んで行きたいと願っています。
| 1930年 | 神戸市に生まれる |
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| 1955年 | 神戸医科大学卒、整形外科入局、「切断者のリハ」をライフワークとする。 |
| 1960年 | 兵庫県下の巡回移動相談を担当し障害者の生活から多くを学び、そのニーズから総合リハビリテーションセンター設立を企画。 |
| 1969年 | 兵庫県立リハ開設、以後副院長、院長、所長を経て、現在顧問、名誉院長。 |
| 1973年 | 兵庫県リハビリテーション協議会会長就任、現在に至る。 |
| 1974年 | ISPO(国際義肢装具協会)の設立後、ISPO日本支部会長、副会長、次期会長を経て会長(1995−1998)を務める。 |
| 1992年 | 日本リハビリテーション医学会会長。 日本リハビリテーション病院・施設協会会長職に就き、2003年10月より、名誉会長を務める。 |
| 1997年 | 日本福祉のまちづくり研究会の設立に伴い副会長を経て、2001年より2005年まで日本福祉のまちづくり学会会長に就任。 |
| 2002年 | 日本リハビリテーション連携科学学会理事長に就任し、現在に至る。 |
| 2003年 | 神戸医療福祉専門学校三田校校長に就任現在に至る。 |
| 2008年 | 第4回日本整形靴技術協会学術大会長を務める。 兵庫県社会福祉事業団顧問に就任。 |
| 専門領域 | 整形外科、切断と義肢、地域リハビリテーション |
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厚生大臣賞、総理大臣賞、朝日社会福祉賞、勲三等旭日中綬章 など